こんにちは!
前回に引き続き、私小島(こじま)が担当します。
さて今回は、田んぼアートで取材させて頂いた方全員のお話のまとめを見て頂きたいと思います。
1人目は、熊本県立北陵高校教員の中村孝二(なかむらこうじ)先生。
中村先生に、どのようなきっかけで田んぼアートを行うことになったのかと伺いました。それによると、北稜高校には高校を象徴するものが少なく、学校を説明することを難しく感じておられたようです。高校を象徴する何かかがあればいいなと思っていたところに生まれたのが「「田んぼアート」だったということです。
田んぼアートは、北稜高校の特徴にあった取り組みであるし、それは稲にまつわる歴史を持つ玉名市にとっても喜ばれるだろうとということだったそうです。北稜高校にとってなぜ良いかというと、田んぼアートを作るには、測量したり、稲を育てたりしなければなりません。なるほど、北稜高校にある各学科はそれらが可能な生徒が集まっているわけで、田んぼアートは北稜高校の特徴を表現するの適していると思いました。
またこのことは、新玉名駅周辺を活性化し、それから、玉名地域を活性化しようということで田んぼアートは地域に人たちに受け入れられたことで実現に向かったということでした。
ただし、初めてのことをするにはやはり大変で、学校内に実行委員会を作ったり、田んぼアートの技術の勉強をしたりと北稜高校内では奮闘が続いたようです。苦労の末に定着してきた田んぼアート。中村先生は、「玉名地域は稲の歴史がある菊池川流域だが、このことはあまり知られていない。だから、この田んぼアートを通して、まず地元の歴史を知り、それが観光にも生かせる」ってことを知ってほしいということでした。
2人目は、実行委員長の山田浩之(やまだこうじ)さんです。
山田さんによると、田んぼアートを始めるきっかけと経緯について尋ねると、きっかけは、北稜高校生が自分達から新幹線開業に向けて何か役に立ちたくて、田んぼアートをやりたいと言ってきたことがきっかけだったと話されていました。最初の頃は、新玉名駅の表側でやっていて、くまモン絵をでかく描き、熱気球でお客さんを上にあげて田んぼアートを見たり、展望台も設置してあったため、そこから見ることができたそうです。最初の頃は、何千人という人たちが見に来ていたとか。しかし、2年目からは、展望台を常設することはなかなか難しいということで、駅から眺められるように駅北側の田んぼを借りているということでした。
この取り組みは、北稜高校生が田植えをし、後は、地元の農家の方の応援や、行政、市民の応援などでできており、そうした連携で成り立っているわけですが、それを継続して今年でもう6年目になるそうです。継続していくには、目的をどう伝え、共有していくか、なんのためにやり、だれがやっていくのか、またそれがどういう意味や価値があるのかを連携の関係者に理解してもらうことが必要で、それがなかなか難しいことだったそうです。思いをどうつなげていくかという作業がとても大事だと思ったそうです。
連携を継続させるのにご苦労されてきた山田さん。将来、田んぼアートが10回大会ぐらいいったときは、関わった人たちの同窓会みたいなかたちでやれたらいいなと笑顔で話されていました。
3人目は、玉名地域振興局長 家入淳(いえいりあつし)さん
田んぼアートについて、稲で田んぼに絵を描くことは以前にはない新たな取り組みで、若い人たちが新しい活動を作りだしていくことはとても良いことだと話されていました。今年の田んぼアートのデザインについては、くまモンといだてんのコラボということで、北稜高校の生徒たちがデザインです。最近では玉名女子高の方とも連携して行っているらしく、この取り組みが若い人や各学校に広がり、もっと色々な人を巻き込んで展開していってほしいとおっしゃられていました。
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